巨大なDCL 帝国が崩壊して生まれたのが旧UD社で、
そのUD 社が初めてスコッチのシングルモルトを世に問うたのが、
クラシックモルト6種だった。
まだシングルモルトという名前が定着していなかった1980年代後半のことで、
この6種によってシングルモルトの存在ひとつとして同じものは無いというシングルモルトの面白さを知った者も多い。
それから40 年。この6種はパッケージも中身もほとんど変わることなく、
今も世界に向けてリリースされ続けている。
そういう意味では激動のウイスキー史の中で、稀有な存在といえるかもしれない。
今回は、そのクラシックモルト6種に迫ってみた─
先頃IWSRが発表した2025年のデータによると、世界のスピリッツの消費量がついにワインのそれを抜いたという。これはIWSRがデータを取り始めて以降初めてのことで、さらに免税店市場(GTR)における売上げでは、ジャパニーズウイスキーの売上げが、フランスのコニャックを抜いたという。その売上げは金額ベースで対前年比44%増、数量ベースで37%増と、際立ったパフォーマンスを見せていて、コニャックの8%マイナスとは対照的である。ウイスキーは2023年をピークに、その販売量を落としているといわれるが、新たにインドや南米、アフリカなどでは高い伸びを見せていて、免税店では近年ジャパニーズウイスキーが高い人気を維持している。では、そうしたウイスキーとは、どういうものなのだろうか。
スコッチを例にとってみると、BRICSや南米、アフリカはまだまだ安価なブレンデッドが中心だが、近年その販売金額、数量を伸ばし、世界的なクラフトウイスキーブームを引き起こしているのが、1960年代に登場したシングルモルトの存在である。シングルモルトとは、1つの蒸留所で造られるモルトウイスキーのみを瓶詰めしたウイスキーのことで、それまでのブレンデッドとは一線を画すウイスキーだった。アメリカやカナダ、そしてアイルランドや日本、さらに近年のアジア諸国を見ても、相次いで誕生している新しい蒸留所は、ことごとく、このシングルモルトを造る蒸留所である。日本には現在(2026年10月)、稼働している蒸留所が110近くあるが、そのうちの95%はシングルモルトに特化した、モルトウイスキー蒸留所である。シングルモルトという新しいウイスキーがなかったら、今日のようなウイスキー人気は起きなかったかもしれない。ではスコッチのシングルモルトは、どういう経緯で誕生したのだろうか。
DCL社の崩壊がクラシックモルト6種を生んだ
もともとスコッチにはモルトウイスキーとグレーンウイスキーの2つのウイスキーがあったが、19世紀半ばにこの2つを混ぜたブレンデッドスコッチが誕生し、それ以降150年近くはブレンデッドウイスキーのみだったといっても過言ではない。シングルモルトを販売する蒸留所がなかったわけではないが、それは地元消費者や特定マーケット用で、グローバルブランドとは考えられていなかった。初めてシングルモルトをグローバルマーケットに投入したのは、ウィリアム・グラント&サンズ社のグレンフィディックで、それは1963年のことだった。当時業界から失笑を買い「無謀な挑戦」と言われたが、グレンフィディックはもともと北米市場向けで、ラベルにはシングルモルトではなく「ストレートモルト」という表記が使われた。これはアメリカのストレートバーボンを意識した表記だったが、初年度の売上げは、わずか4000ケース(1ケースは750 mlボトル12本換算)で、今日の140万ケースとは比べものにならない。

<1990年代半ばからクラシックモルトをプロモートするため、毎年“クラシックモルト・クルーズ”が開かれた。アイラ島のラガヴーリンと本土のオーバン、さらにスカイ島のタリスカーを結ぶ、へブリティーズ諸島6日間のクルーズで、私も2005年に参加した。 その時に乗ったのが、1990年代初頭に建造されたエダフランセンという木造の美しい帆船。バックはスカイ島。>

<エダフランセンを操縦する船長のイギリス人。この船には世界中の酒類ジャーナリスト11名が乗り込んだ。帆の上げ下ろしも、炊事・清掃もすべて私たち、にわかクルーの仕事で、船長は何もしない…。それが船のルールだからだ。>
その後1990年代にグレンフィディックは今日のシングルモルト表記に改め、そこからスコッチのシングルモルトNo.1の座に君臨しつづけている。しかし、これは当時まだ弱小だったウィリアム・グラント社の奇をてらったマーケティングとしか見られていなかった。それが大きく変わったのが、スコッチの最大手DCL社の後継会社だったUD社(ユナイテッドディスティラーズ社)が1988年に出した「クラシックモルト・シリーズ」だった。
DCL、ディスティラーズ・カンパニー・リミテッドは1877年に設立された会社で、次々とブレンド会社、蒸留所を買収し、1920年代から70年代にかけ、スコッチの蒸留所・ブランドの6割近くを所有する世界最大のウイスキー会社にのしあがった。特にスコッチをウイスキーの代名詞、いや“世界の蒸留酒の王様” に育て上げたのがこのDCL社で、その功績は大きい。ジョニーウォーカーやヘイグ、デュワーズ、ブキャナンズ、ホワイトホースなど、当時「ビッグ5」と言われたブレンド会社をその傘下におさめ、一大DCL帝国を築いていた。
そのDCL社の経営が傾いたのが1980年代半ばで、巨大なDCL帝国はアイルランドのギネスグループによって1986年に買収されてしまった。そのギネスが後継会社として設立したのが、グループの蒸留会社を再編したUD社で、ここがDCLの失敗─ブレンデッドウイスキーに頼りすぎたこと─を反省して世に問うたのが、6つの蒸留所のモルトウイスキーをブレンデッドの原酒としてではなく、シングルモルトとしてリリースすることだった。それが「クラシックモルト」で、当時UD社が所有していた50近い蒸留所の中から、各地域を代表するクラシカルな蒸留所、伝統的な製法をよく残している蒸留所を選んで、それをリリースしたものである。ではその6種、6蒸留所とは何だったのだろうか。それぞれの違いはどこにあるのか。なぜそれらが選ばれ、現在どうなっているのかをひも解いていくことにする。
それぞれの生産地区のテロワールを身にまとったシングルモルト
クラシックモルト6種類とは、グレンキンチー、クラガンモア、ダルウィニー、オーバン、タリスカー、そしてラガヴーリンの6蒸留所である。それぞれローランドモルト、スペイサイドモルト、北ハイランド、西ハイランド、アイランズ、そしてアイラモルトを代表している。スコッチ6大産地の中でキャンベルタウンだけ欠如しているのは、当時UD社がキャンベルタウンに蒸留所を所有していなかったからで、それに代わって選ばれたのがオーバンだった。ここが選ばれたのは、キャンベルタウンにも近く、海の影響を受けた「ブリニー(塩辛い)」というキャラクターが、キャンベルタウンと共通していたからだろう。
まず1番目のグレンキンチーだが、創業は1837年で、エジンバラ近郊のペンケイトランドに所在する。もともとブレンデッドスコッチ、ヘイグの原酒蒸留所でヘイグのキーモルトとなっていたが、現在はジョニーウォーカーの“フォーコーナー”(4つのキーモルト)の1つとして、蒸留所の玄関先にはシンボルである、ストライディングマンの等身大の像が建てられている。スチルは2基のみで、昔からノンピートの軽くフローラルなモ0ルトウイスキーを造ってきた。発売当初は10年物だったが現在は12年物に変更。それ以外はボトルデザインも中身のコンセプトも40年近くほとんど変わっていない。エジンバラから近いこともあり、昔から多くの観光客が訪れる人気の蒸留所となっている。

<グレンキンチー蒸留所のストライディングマン。>

<グレンキンチーのポットスチルは2基のみだが、サイズは巨大。>

<屋外に設置された、こちらも巨大なワームタブ。これでアルコール蒸気を冷却する。>

<クラガンモアの特徴的な玄関アーチ。>

<創業者ジョン・スミスの書斎は当時のままで、ゆっくりとテイスティングを楽しむことができる。>
2番目のクラガンモアはスぺイ川中流域にある蒸留所で、創業は1869年。創建したのはジョン・スミスだが、1923年にホワイトホースを創設したピーター・マッキーが共同経営者となり、その関係で1927年以降はDCL社が共同所有となっていた。スチルは4基で、冷却は屋外ワームタブ。それも鋳鉄製の方形のワームタブを今も使用している。これはグレンキンチーやオーバンなどと同じタイプのワームタブである。クラガンモアはオールドパーの重要な原酒で、ビジターセンターにはオールドパー関連の古い資料などが展示されていて、日本から訪れる人も多かった。スペイサイドモルトらしい華やかな香味があり、スイートでフルーティー。昔からスペイサイドの佳酒といわれ、ファンが多かったモルトウイスキーである。

<クラガンモアのポットスチル。T字シェイプのヘッドで、これが軽やかな原酒を生むという。>
3番目は北ハイランドのダルウィニー。首都エジンバラと、ハイランドの玄関口インバネスを結ぶ幹線道A9の途中にあり、こちらも昔から多くの観光客が訪れる人気の蒸留所である。木製の大きな屋外ワームタブが目印で、創業は1897年。ポットスチルは2基のみだが、典型的なハイランドの蒸留所
で、ライトタイプだがコクがあり、クラシックモルトの誕生以来、ダルウィニーの15年物は多くのシングルモルトファンの心をつかんできた。スペイサイドに比べると、やや華やかさに欠けるが、ソフトでマイルドな酒質は、食事とも合わせることができ、モルトファンの間で注目されてきた。特に日本食との相性は特筆に値する。後に傘下に収めたのは「ビッグ5」の1つと言われたブキャナンズ社で、同社のブラック&ホワイトの原酒として、今も使われ続けている。さらに英王室御用達のブレンデッドウイスキー、ロイヤルハウスホールドの原酒も、現在はこのダルウィニーが造っている。

<ダルウィニーの外観。右奥に巨大な木製ワームタブが見えている。>

<ダルウィニーのポットスチル。背の高いストレートヘッド型だ。>
やはり人気No.1 のアイランズモルト
さて、ここからはスコットランドの西海岸である。オーバンは前述した通り、まさにその典型で、創業したのは1794年と、クラシックモルト6種の中ではもっとも古い。オーバンの町はへブリティーズ諸島を結ぶフェリーの発着港としても知られ、ここからスカイ島やマル島、そしてアウターへブリディーズのハリスやルイス、バラ島などにフェリーが出ていて、シーズンともなるとヨーロッパ中から多くのバックパッカーなどが訪れる。蒸留所はその町のど真ん中に位置していて、そのため敷地の制約もあり、蒸留所はいたって小さい。スチルは2基しかなく、年間の生産能力も90万リットル強(100%アルコール換算)と、ディアジオ社が所有する31の蒸留所の中で、下から2番目に小さな蒸留所となっている。冷却装置は前述した通り、鋳鉄製の屋外ワームタブ。もともとブレンデッドの原酒というよりシングルモルトとして有名で、現在は生産量のすべてをシングルモルトとして販売している。クラシックモルトに選ばれた14年物は40年近くたった今も、まったく変わることなく、世界中のオーバンファンを魅了し続けている。海のアクセントがあるオーバンのシングルモルトは、クラシックモルト6種の中にあっても、非常に貴重なものとなっているのだ。

<町の中心地に建てられているオーバン蒸留所。目の前は海だ。>

<オーバンのスチルは小型のランタンヘッド型が2基のみ。>

<オーバンの古いボトル。もちろんクラシックモルト以前のもの。>

<海のそばにあるタリスカー蒸留所。この湾はカキの養殖でも有名だ。>
オーバンに続く5番目のシングルモルトがタリスカー。タリスカーはインナーへブリティーズ諸島の北端、スカイ島のカーボストにある蒸留所で、創業は1830年。創業から100年近く3回蒸留を続けてきたが、1928年に現在の2回蒸留に変更。そのためスチルは変則的な5基体制で、これはクラシックモルト6蒸留所の中では最多。生産量も350万リットルと、やはり6蒸留所の中で最大となっている。タリスカーはクラシックモルトに選ばれてから人気が急上昇した蒸留所で、現在はディアジオのシングルモルトとしても、シングルトンに次ぐ第2位の販売量となっている。その数、年間約450万本。スコッチのシングルモルトとしては、7番目に売れている人気銘柄となっているのだ。

<タリスカーのポットスチル。ラインアームが奇妙に曲げられているのが、タリスカーの特徴だ。理由は誰にもわからない…。>

<古いタリスカーのボトル。かつてはジョニーウォーカーの原酒を表す、シンボルマークが使われていた。>

<ラガヴーリンの勇姿。まるで海の要塞…。>
その人気の秘密はやはりスモーキーでピーティなタリスカー独自のアロマ・フレーバー。といっても、アイラモルトのような薬品っぽさや、海藻を思わせるピート香ではなく、タリスカーのそれはアロマティックで、フレッシュなスモーク香。発売以来、全世界にタリスカーファンが急増している。ラベルは発売当初とは大きく変わっているが、(6種の中で唯一)、10年という熟成も、そしてスカイ島のテロワールを身にまとったその香味も、40年前とまったく変わっていない。蒸留所としても人気で、観光客の多さでもクラシックモルトNo.1かもしれない。クラシックモルト6種の最後が、アイラモルトの
ラガヴーリン。それも16年物で、これは6種の中で最長の熟成年数。スタンダードなアイラモルトとしても、16年は最長の部類かもしれない。ラガヴーリンは前回のコラム─アイラ島のキルダルトン3兄弟─でもご紹介したが、創業したのは1816年で、19世紀末からホワイトホース社を創業したピーター・マッキーの所有となり、彼の死後1927年にDCL社の経営となった。「ビッグ5」の最後のピースがこのホワイトホースで、そのキーモルトを140年近く造り続けているのが、このラガヴーリンなのだ。

<ラガヴーリンのポットスチル。くびれのない、オニオンシェイプが特徴。>

<ホワイトホース社を創始したピーター・マッキー。>

<ウェアハウスで樽から直接ラガヴーリンを試飲。至福の時だ。>
麦芽のフェノール値は35 ~ 40 ppmで、6種の中ではもちろん最強。スモーキーでピーティ。コクがあり、ヘビーな酒質がラガヴーリン最大の特徴だ。それでいてこの16年物にはベルベッドのような口当たりがあり、クラシックモルト6種の中でも“至高のウイスキー”と言われてきた。ウイスキー評論家の故マイケル・ジャクソンが、かつてこのラガヴーリンを評して「紅茶のラプサンスーチョン(正山小種)」と言ったのは有名な話だ。ラプサンスーチョンはスモーキーな紅茶として紅茶好きの間では定着している。唯一クラシックモルトの中で、ラガヴーリンだけが伝統的なワームタブではなく、シェル&チューブの冷却装置を用いている。ちなみに現在(2023年)の販売本数はタリスカーに次ぐ250万本。クラシックモルト6種合計で、現在は年間1000万本近くを売り上げているのだ。
いつでもどこでも手に入ることの重要性
ここまでディアジオ社(UD社の後継会社)のクラシックモルト6種について述べてきたが、初めて販売されてからもうじき40年。スコッチにはブレンド会社や蒸留所、さらにボトラーズ(独立瓶詰会社)から多くのシリーズが出されてきたが、これほど長く続いているシリーズはないかもしれない。しかもパッケージも熟成年数も、そして香味のスタイルも、この40年間ほぼほぼ変わっていないというのは稀有の存在である。
さらに、これによって世界にシングルモルトの存在を知らせた功績は大きい。この6種でシングルモルトを知ったというウイスキーファンも多く、これがなかったら、今日のようなシングルモルトブームはなかったか、もう少し遅れていたかもしれないからだ。
私個人でいえば、スコッチのシングルモルトを知ったのはこのクラシックモルトがきっかけではなかったが、1990年代初頭からウイスキージャーナリストとして本を書き、あちこちでセミナーを開く時に、どれほどこのクラシックモルトに助けられたか分からない。シングルモルトの魅力を伝える際に、いく度となくこの6本を使わせてもらった。
もちろんすでに日本にも正規輸入されていて、いつでも、どこでも手に入るということが大きかった。コンスタントに手に入るということがテイスティングセミナーを行う際には不可欠で、そういう意味でも、画期的なシリーズだと思っている。これがなかったら、今日のようにシングルモルトブームは無かったかもしれないし、私のウイスキー評論家人生も始まっていなかったかもしれない。
