コラム

シャンベルタンの逆説

コルトンの丘

原産地統制呼称法に先立つこと80年、1855年に出版された “Histore et Statistique de la Vigne et des Grands Vins de la Côte d’Or” (『コート・ドール県のブドウ樹および偉大なワインに関する歴史と統計』) においてジャン・ラヴァル博士が行ったコート・ドール初の格付けは、特に地質に着目し、畑を4段階に評価する方法を取りました。ジュヴレ・シャンベルタン村で最上位のTête de Cuvée (特級ワイン)に指定されたのは、クロ・ド・ベーズを含むシャンベルタンのみで、これに次ぐカテゴリーであったPremière Cuvée(一級ワイン)の筆頭は、1936年に原産地統制呼称法でGrand Cru (特級畑)とされたマジ・シャンベルタンやリュショット・シャンベルタンではなく、現在も一級畑のままのクロ・サン・ジャックでした。政治的意見の入る余地が少なかったラヴァル博士の格付けは、現在もブドウ畑の真のポテンシャルを示しているように思います。

 

 

ジュヴレ・シャンベルタン

ジュヴレ・シャンベルタンはコート・ド・ニュイ最大の原産地統制呼称法上のコミューヌ(村) で、532ヘクタール(ha)に及ぶ、コート・ドールとしては広大なブドウ畑を有し、コート・ド・ニュイに24しかない特級畑のうち、9つまでもがここに集中しています。村の南側、海抜高度260~320メートルの東向きの斜面に位置する特級畑群はシャンベルタン (12.9 ha) を筆頭に、その北隣りのシャンベルタン・クロ・ド・ベーズ (15.4 ha) 、南隣りのラトリシエール・シャンベルタン(7.4ha)、クロ・ド・ベーズの北のマジ・シャンベルタン(9.1 ha)、マジの西側で斜面上部にあたるリュショット・シャンベルタン(3.3 ha)、クロ・ド・ベーズからグラン・クリュ街道を挟んで東側のグリヨット・シャンベルタン (2.7ha)、グリヨットの北隣のシャペル・シャンベルタン(5.5 ha) 、街道を挟んでシャンベルタンと向かい合うシャルム・シャンベルタン(12.2 ha)、その南に隣接するマゾワイエール・シャンベルタン(18.6 ha)で、特級畑の総面積は87haに及びます。このうち、シャンベルタン・クロ・ド・ベーズの畑のワインは「シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ」という統制名称だけでなく、「シャンベルタン」という名前でも販売することができ、同様にして、マゾワイエールの畑のものは「マゾワイエール・シャンベルタン」だけでなく、「シャルム・シャンベルタン」としても販売することができます。しかしながら、マゾワイエールに区画を所有する生産者のほとんどが、より知名度の高い「シャルム・シャンベルタン」名でワインを販売しているのに対し、クロ・ド・ベーズに区画を所有する生産者の多くが、知名度の高い「シャンベルタン」名を選ばず、「シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ」をそのまま名乗っているという事実は、ある示唆を含んでいます。
 ジュヴレ・シャンベルタン村においては、地勢に由来する局地気候が非常に重要で、特級畑群の北に位置するコンブ・ド・ラヴォーと呼ばれる急峻な小渓谷が雹などの悪天候を西側に逃がす働きをするため、特級畑が降雹の被害に遭うことはまれです。また、冷たい空気は斜面の底部に流れ込んでいくため、斜面最上部に位置する特級畑が霜害に遭うことは珍しく、実際、ジュヴレ・シャンベルタンの80haを超えるブドウ畑が霜害で壊滅した1985年でも、特級畑の被害は皆無でした。西から東にかけて緩やかに傾斜し、西側の斜面上部ほど表土が浅く、水捌けが良い特級畑群のなかでも、シャンベルタンはやや南に向いた陽当たりの良い傾斜で、1855年にラヴァル博士が理論的にこの畑を最上としたのには、充分な理由があったように思われます。

 

 

最高の畑 ≠ 最高のワイン

12.9haのシャンベルタンの畑は土地台帳上、55の小区画に分けられ、約25名に分割所有されています。生産者にはアルマン・ルソー(2.2ha)やルロワ(0.5ha)、ドゥニ・モルテ(0.15ha)やドメーヌ・デ・シェゾー[ドメーヌ・ポンソが耕作・醸造](0.14ha)といった秀逸な生産者も含まれ、感動的なワインを生み出していますが、こうしたワインはごく少数派で一般消費者の目に触れることはほとんどなく、高級レストランのセラーに消えてしまいます。日本の小売店頭でみかけるシャンベルタンのほとんどは残念ながら、商業主義に寄った、シャンベルタンとは名ばかりのワインで、その価格に見合った価値がみつかることはほとんどありません。
 これに対し、個人的にもっとも信頼を置いている特級畑は、面積が最小のグリヨット・シャンベルタンで、9名の所有者にはドメーヌ・フーリエやデ・シェゾー[ドメーヌ・ポンソとドメーヌ・ルネ・ルクレールが別々の区画を耕作・醸造]、クロード・デュガやジョゼフ・ロティといった最良の生産者が名を連ね、高水準のワインを生み出しています。
 また、地勢の優位性が認識されていながら、「シャンベルタンやクロ・ド・ベーズに隣接していない」という理由だけで1936年の原産地統制呼称法で一級畑とされたクロ・サン・ジャック(6.7ha)は、5名の所有者(ドメーヌ・アルマン・ルソー、ルイ・ジャド、フーリエ、シルヴィ・エスモナン、ブルーノ・クレール)すべてが優良な生産者で、流通しているワインの平均点を取れば、明らかにシャンベルタンよりも優れています。シャンベルタンに2.2haという最大の区画を所有するドメーヌ・アルマン・ルソーは、ジュヴレ・シャンベルタンを代表する伝統派の生産者ですが、オーナーのエリック・ルソーは一級畑のクロ・サン・ジャックを特級畑のリュショット・シャンベルタンやマジ・シャンベルタンよりも上質のワインだと考えており、クロ・サン・ジャックの熟成に80%程度、シャンベルタンとクロ・ド・ベーズに100%の新樽を用いる一方、他のグラン・クリュには新樽を用いていません。また、ドメーヌ・アルマン・ルソーでの試飲では常に、クロ・サン・ジャックはシャンベルタンやクロ・ド・ベーズの直前、つまりリュショットやマジのあとで供出されます。

 

 
今回のオークションにはクロ・サン・ジャックをはじめ、アルマン・ルソーのシャンベルタンなど、130本を超えるジュヴレ・シャンベルタン村の珠玉が出品されています。

1) 原産地統制呼称法(ワイン法)上の「ジュヴレ・シャンベルタン」村には、行政区分上のジュヴレ・シャンベルタン村と、ブロション村の南半分が含まれる。

ジュヴレ・シャンベルタン村の地図
https://bourgogne-maps.fr/pdf/denominations/18.pdf
シャンベルタンの写真
https://en.wikipedia.org/wiki/Gevrey-Chambertin