コラム

世界一のウイスキー消費国であるインドの知られざる3つのシングルモルト蒸留所

コルトンの丘

かつてウイスキーは北の国の、それも寒い地方でないと造れないといわれてきたが、今では世界中のどこでも、特に台湾や東南アジア、
そして評論家)インドなどの暑い国でも造られるようになってきた。世界の5大ウイスキーといわれるのはスコッチとアイリッシュ、そしてアメリカンやカナディア
ン、ジャパニーズだが、現在世界でもっともウイスキーが造られ、もっともウイスキーを消費しているのは、その暑い国のインドである。
もちろん、中国を抜いて人口が世界一ということもあるが、かつての宗主国であるイギリスの影響も強く、インドで蒸留酒といえば昔からウイスキーだった。
IT産業を中心とした急激な経済成長に伴って、インドでは中産階級の人が増え、その中産階級の人を中心に大量にウイスキーが飲まれているのだ。
総人口は15億人超。そのうちの1割が中産階級だとしても、その人口は日本の総人口をはるかに超えている。
その2億人に迫るインドの人たちが、こぞってウイスキーを飲んでいるとしたら…。イギリスに本拠を置くドリンクス・インターナショナル社が毎年、世界の蒸留酒の売り上げデータをまとめているが、それを見ると世界トップ10ウイスキーのうち、実に5つがインディアンウイスキーとなっている、
その1位から10位までを順番に挙げると、①マクドーウェルズNo.1 ②ロイヤルスタッグ ③インペリアルブルー ④ジョニーウォーカー ⑤オフィサーズチョイス ⑥ジャックダニエル ⑦ジェムソン ⑧ジムビーム ⑨ブレンダーズプライド ⑩バランタインとなっている。実に1位から3位までをインディアンウイスキーが占め、
さらに5位も9位もインディアン。つまりトップ10のうちの半分がインドのウイスキーで、世界的に知られる、いわゆるグローバルブランドはジョニーウォーカーとジャックダニエル、ジェムソン、ジムビーム、バランタインの5つしかない。それぞれスコッチ、アメリカン(テネシー)、アイリッシュ、アメリカン(バーボン)、そしてスコッチである。もちろんインディアンはすべてブレンデッドで、スコッチのジョニーウォーカーとバランタインもブレンデッド。
ジェムソンもアイリッシュブレンデッドで、シングルモルトは1つも入っていない。ちなみにジョニーウォーカーの年間販売数は2160万ケース(1ケースは12本入り換算・2024年数値)で、本数にして2億5920万本。これは1秒間に約8.2本の割合で売れている計算になる。しかし、インディアンはその比ではなく、1位のマクドーウェルズが3220万ケース。2位のロイヤルスタッグが3100万、3位のインペリアルブルーでインドリ蒸留所の新しくできた第2蒸留棟には8基のポットスチルが置かれている。すべてインド製。も2290万ケースが販売されていて、トップ10の中のインドウイスキー5つを合算した数は1億1750万ケースとなり、その本数はなんと14億1000万本にもなる。つまり1秒間に約45本の割合でインディアンウイスキー、それもトップ10入りしている5つのウイスキーだけで、売れている計算となるの
だ。インドが世界一のウイスキー生産国で、世界一のウイスキー消費国だといわれる理由はこのデータに表れているが、実はこれらのウイスキーは、すべてインドの国内消費用である。いわゆるローカルブランドで、世界的にはまったく知られていない。これらインディアンブレンデッドの原料はほとんどがモラセス、
廃糖蜜から造られたスピリッツで、それに色や香りをつけたものに他ならない。かつての日本の3級ウイスキーのようなもので、これはEUなどではウイスキーとして流通させることはできない。なぜならEUでは、ウイスキーは穀物を原料としていなければならないからだ。経済発展を遂げ、急速に成長しているインド社会で今それらのウイスキーにかわって注目を集め始めているのが、正真正銘、穀物だけを原料にした、それも大麦麦芽(モルト)のみを原料にしたシングルモルトの台頭である。
それを象徴しているのが、インド北部にあるピカディリー社のインドリウイスキーと、南部カルナータカ州のアムルット、そしてゴアのポールジョンの3つのシングルモルトである。

<インドリ蒸留所の新しくできた第2蒸留棟には8基のポットスチルが置かれている。すべてインド製。>

 

わずか2年でインド産シングルモルトナンバーワンの座に

インドリ蒸留所が所在するのは首都ニューデリーから車で3時間ほどのハリヤナ州インドリ村。インドは日本の9倍ほどの面積をもつ南アジアの大国で、人口は前述したように15億人超。2060年代にはピークの17億人台に達すると見られている。実際、約半世紀ぶりにニューデリーを訪れたが、車も人も多く、高層ビルが林立している。インドリを運営するのはハリヤナ州で製糖事業、アルコール事業、ホテル業、映画製作を手掛けるピカディリー社で、本社はデリー郊外のグルガオンにある。グルガオンは現在のインドの経済発展を象徴するような、いわばITタウンで、まるで中国の近代都市を見ているかのよう。


<糖化槽のところで仕込みの説明をするスリンダー氏。ウイスキー界のレジェンドだ。>


<大きな工場群の一角にあるインドリ蒸留所。これは巨大なウェアハウス。>


<スチルにはピカディリー社のロゴマークが入っている。シンボルは馬で、これは先代の会長が好きだったからという>

 

 

インドリにアルコール工場が建てられたのは2000年代で、その巨大な工場の一角に2012年に建てられたのがモルトウイスキーを造るインドリ蒸留所である。
インドリとはサンスクリット語で「五感」のことだとか。2022年に初となるシングルモルトのインドリをリリースしたが、わずか2年足らずでインド市場におけるシングルモルトの第1位に踊り出ている。これは輸入スコッチのザ・グレンリベット、グレンフィディックを抜く快挙で、世界市場でもいきなりトップ20位以内にランクインされるシングルモルトとして話題になっている。そのインドリを率いているのが、スリンダー・クマール博士である。
スリンダーさんといえば後述するアムルット蒸留所を率いて、アムルットをインドナンバーワンのシングルモルトに育て上げた、インドウイスキー界のレジェンド。2004年にアムルットを初めてスコットランドのグラスゴーでお披露目して、スコットランド人をあっと言わせた人物でもあり、世界のウイスキーファンを唸らせた人物でもある。70歳近くなるスリンダーさんを三顧の礼で迎えたのが、ピカディリー社の現会長で、「フリーハンド、すべては博士にお任せします」と言われて、アムルットのある南インドのバンガロールから北のインドリまでやってきた。そのスリンダーさんが造ったのが、先のインドリのシングルモルトで、現在は第2蒸留所も完成
し、インド最大のモルトウイスキー蒸留所となっている。

<蒸留所から車で10分くらいのところには巨大な熟成庫群がある。すべてラック式で、現在は9棟が稼働。>

<ニューデリーにあるムガール帝国時代のフマユーン廟。世界遺産に登録されている。>

 

 

現在のインドリの仕込みはワンバッチ麦芽6.5トンと8.5トンで、マッシュタンは2基。日に3回の仕込みを行い、45トンの麦芽を1日で使用する。
使う大麦は主にインド産の六条大麦で(一部スコットランド産のピート麦芽も使用)、これはハリヤナ州の隣のラジャスタン州の契約農家からのものだとか六条大麦は二条大麦に比べタンパク質が多く、それが独特のコクや旨味を生んでくれるという。発酵槽は計16基で、スチルも初留7基、再留7基、計14基と巨大だ。
年間生産能力は800万リットル近くあるが、第2蒸留所は完成したばかりで、現在は500万リットルほどを生産。同じアジアの台湾のカバラン蒸留所の900万リットルには及ばないが、インド最大を誇っているのだ。第2蒸留所と同時に新しいビジターセンター、ウェアハウス群も完成し、将来的には20万樽の貯蔵を目指すという。
インドリのシングルモルトはインド国内だけではなく、すでに海外へも輸出していて、日本にも正規代理店がある。ウイスキー文化研究所が主催しているアジア最大級の酒類コンペ、東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)にも2年連続で出品し、いきなり最高金賞、金賞を受賞して、ベテランの審査員たちをも驚かせた。アムルットを世界的なシングルモルトに育て上げたスリンダーさんの、人生最後の挑戦。インドだけでなく、世界中のウイスキーファン、シングルモルトファンが注目しているのだ。

 

初リリースはスコッチの本場グラスゴーのインド料理店で‼

そのスリンダーさんが30年近く指揮していたのが、前述した通り、インド・カルナータカ州のバンガロールにあるアムルット蒸留所だ。
アムルットとはやはりサンスクリット語で「人生の霊酒」のこと。ここはもともと1948年に創業した製薬会社だったが、その過程でアルコール製造を始め、1970年代か
らラムやブランデーなどを製造。本格的なウイスキー造りは1980年代からだが、最初は安いインディアンブレンデッドが中心だった。
そこにマスターブレンダーとして1987年に加わったのがスリンダーさんで、彼のもとで本格的なウイスキー造りがスタートした。
インディアン・シングルモルトとしてグラスゴーのインド料理店「インディアンカフェ」で、初披露されたのが2004年で、その後のアムルットの名声はスリンダーさんたちの努力の賜物といえるかもしれない。年間の生産能力は100万リットルだが、今では世界50ヵ国以上に輸出され、モルトファンの間で“アムルットフィーバー”を引き起こした。もちろん日本にも正規輸入されていて、特にインド産麦芽75%、スコットランド産ピート麦芽25%を使った「アムルットフュージョン」は、スモーキーなイ
ンディアン・シングルモルトとして人気を博している。

<バンガロールから車で30分ほどのところにあるアムルット蒸留所。>

<独特の形をしたポットスチルと、取材当時アムルットのマスターブレンダーで副社長だったスリンダーさん。>

<アムルットの瓶詰ライン。主力製品はやはり安価なブレンデッドウイスキーだ。>

 

アムルットの仕込みはワンバッチ麦芽1トンと、現在のクラフト並み。使用するのはやはりラジャスタンやパンジャブの六条大麦で、さらにスコットランドからピート麦芽を輸入し、独自に蒸留している。2024年には第2蒸留所も完成し、現在はマッシュタン2基、ウォッシュバック12基、スチルも4基増設され、計7基となっている。
製品はもっとも有名なフュージョンの他に、多種多様なボトルが出ていて、今でも多くのアムルットファンを惹きつけている。バンガロールは南インドの高原都市で、標高約960メートル。緯度は熱帯に属するが、そこまで暑くなく、熟成期間中に蒸発する量、いわゆる天使の分け前は6~8%だという。
それでもスコッチに比べれば3倍強のスピードで蒸散し、熟成が進むことになる。IT産業で世界にその名を轟かせるバンガロールが生んだ、シングルモルトのアムルット。インドリにインド・ナンバーワンシングルモルトの座を奪われたが、ここから再び「人生の霊酒」の巻き返しはあるだろうか。
インド、いや世界中が注目しているのだ。

 

旧ポルトガル植民地のゴアに誕生した地下セラーが自慢の蒸留所

インド3大シングルモルトのもうひとつが、ゴアにあるポールジョンだ。インドリとアムルットがインドの古語であるサンスクリット語からその名前を取っているのに対し、ポールジョンは創業者のポール・P・ジョンさんの名前をそのまま付けたという変わり種だ。もともとの創業は1992年で、様々なスピリッツ類を生産するところから始まった。ウイスキーを造り始めたのは2000年代からだが、それは安いブレンデッドが中心で、そのためにモラセス原料の巨大なアルコール工場を建設。
このアルコール工場は年間5億リットル近くを製造するインド最大級の工場の一つとなっている。それを元につくったブランドが「オリジナルチョイス」で、これはイン
ドで人気の廉価版ウイスキーとなっている。取材した当時(2017年 )、それが90㎖の紙パック入りで、日本円にして50円くらいで売られていたのに驚いた。


<ゴアにあるポールジョンの蒸留所。巨大なアルコール工場の中に建てられている。>

 

そんな廉価版のウイスキーで成功した同社が本格的なモルトウイスキー造りに乗り出したのが2007年。ジョン・ディスティラリーズ社の本社があるのは、アムルットと同じカルナータカ州のバンガロールだが、蒸留所はアラビア海に面した海岸リゾート地、ゴアの工業団地の中につくられた。
ゴアは旧ポルトガルの植民地で、大航海時代から海の要衝として栄えたところ。日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルもゴアから極東を目指し、そしてス
ペインへの帰路ゴアで亡くなり、ゴアのボムジェズ教会に葬られている。旧ポルトガル時代の教会も多く、世界遺産にも登録されている。
ポールさんもそうだが、ゴア出身者はキリスト教信者が多く、ポールジョン蒸留所のマスターブレンダーであるソウザ氏もクリスチャン。
またソウザ氏の祖先がポルトガル人で、今もそうした人々はインドとポルトガルの両方の国籍を持つことができるのだとか。ポールジョンが、地名やインド古語に関係なく、オーナー自身の名前をそのまま冠しているのは、そんな理由もあるのだ。


<インド産六条大麦の麦芽。ノンピートが主だが、ピートをスコットランドから輸入し、それでピート麦芽もつくっている。>

<ウォッシュバックは合計24基が稼働する。>

<インド製のポットスチルと工場長でマスターブレンダーのソウザさん。スチルのデザインはソウザさんが決めたものだとか。>

<地下にある熟成庫の樽からサンプルをティスティングさせてもらう。>

<紙パック入りの安価なウイスキー。これで50円だった…。>

<ゴアはアラビア海に面した海岸リゾート地。かつてヨーロッパからヒッピーたちが多く滞在していた。>

<ゴアにはポルトガルやスペインのバルにも似たバーが軒をつらねている。>

 

 

ポールジョンのウイスキー造りもスコッチに倣ったもので、ワンバッチの麦芽は4トン。
やはりラジャスタン、パンジャブの六条大麦で、メインはノンピートだが、わざわざスコットランドのアイラ島とアバディーン周辺のハイランドのピートを輸入し、そのピートを燃やしてピート麦芽を作っている。2024年に増築をして、現在はマッシュタン2基、発酵槽24基、スチルも従来の4基から8基に増設されている。
それらの生産設備は原料と同じくすべてインド産。ウェアハウスは高温多湿、年中アラビア海からの湿気に包まれるゴアの気候風土を考え、地下に4000樽収容できる巨大な地下セラーを建設。今はそれと地上のウェアハウス合わせて2万樽超が貯蔵可能という。エンジェルズシェアはアムルットより高い、約8~10%だという。
ポールジョンが初めてシングルモルトをリリースしたのは2012年。もちろん日本にも正規輸入されていて、アムルット同様インディアン・シングルモルトとして、ホテルバーなどを中心に人気が高い。定番商品として出されているのはブリリアンス、エディテッド、ボールド、ニルヴァーナなどで、ブリリアントはノンピート、エディテッドはライトピート、そしてボールドはヘビリーピーテッドとなっている。ニルヴァーナはサンスクリット語で「涅槃」のこと。
涅槃とは仏教でいう悟りを開いた者、あるいはその状態のことをいう。
ちなみにジョン・ディスティラリーズ社の株式の60%は現在アメリカのサゼラック社が保有している。同社はケンタッキーバーボンのバッファロートレース蒸留所などを所有する巨大な会社で、残りの40%は、創業者のポールさんが持っているという。

<フランシスコ・ザビエルが眠るボムジェズ教会。世界中から巡礼者がやってくる。世界遺産にも登録されている。>

トップ画像:現在リリースされているプラカーンのシングルモルト3種
      左がバーボン樽原酒がメインのボトルで、中央はオロロソシェリー樽がメイン。
      右がピーテッド麦芽で仕込んだスモーキーなプラカーン。日本でも販売開始となっている。