コラム

サロン – ブラン・ド・ブラン の起源

コルトンの丘

狂騒の1920年代、パリを代表するレストランであったマキシムでハウスシャンパンとして注がれていたのは、シャンパーニュとしては異例な、シャルドネのみから醸造されたサロンでした。

ル・メニル・シュール・オジェ

 サロンの畑およびセラーのあるル・メニル・シュール・オジェは、シャンパーニュの中心都市のひとつであるエペルネから10kmほど南に位置し、車であれば5分程度で走り抜けてしまうような、人口1,200名弱の小さな村です。周辺にはブドウ畑が広がっていますが、市街地に入った瞬間からシャンパン・メーカーのセラーが立ち並び、砂漠に突如としてカジノ群が現れるラスベガスのような、一種異様な雰囲気を醸し出しています。エペルネから県道10号線を下って村に入ると、著名な生産者は右手の西側丘陵に広がっており、ピエール・ペテルスやギィ・シャルルマーニュ、ピエール・モンキュイやローノワといった看板や、協同組合であるル・メニルの巨大なセラーがみつかります。また、看板や表札は出ていませんが、村の中心部には石垣に囲まれたクロ・デュ・メニルの畑があり、門の脇には小さな醸造所が併設されています。
 ル・メニル・シュール・オジェのブドウ畑の面積は434ヘクタールで、栽培されている品種の99.4%はシャルドネです。この村のブドウからつくられたシャンパンは硬く引き締まったスタイルになり、特にブラン・ド・ブランは熟成に長い時間が必要とされています。著名な畑としては前出したクリュッグ社のクロ・デュ・メニルの他に、ピエール・ペテルスやピエール・モンキュイが醸造するレ・シャティヨンや、ジャック・セロスのレ・キャレルなどがあります。ジャック・セロスは6つのリュー・ディ・シリーズをリリースしていますが、3つのシャルドネのうち、クラマン村のシュマン・ド・シャロンとアヴィズ村のレ・シャントレンヌが平坦な畑であるのに対し、レ・キャレルだけが斜面の畑です。
 エペルネの南に広がるコート・デ・ブラン地区は優良なシャルドネの産地として知られており、1927年に始まったシャンパーニュの公式な格付け「エシェル・デ・クリュ」(産地の階級)では、北からシュイイ、オワリー、クラマン、アヴィズ、オジェ、ル・メニル・シュール・オジェの6村が100%グラン・クリュに指定されています。コート・デ・ブランのなかでもル・メニル・シュール・オジェは別格な存在で、その名声はサロンによって築かれました。

サロン

サロンは、ル・メニル・シュール・オジェの東に位置する、シャンパーニュ地方ポカンシー村出身のユジェンヌ=エメ・サロン(1867-1943)が、自分の趣味のために設立したシャンパンハウスです。ユジェンヌ=エメはパリに出て毛皮取引で財を成し、社交界で名を馳せるようになると、友人たちに振る舞うためにシャンパンの醸造を始めました。ファースト・ヴィンテージは1905年で、彼が理想としたのはル・メニル・シュール・オジェ村の教会に隣接した1ヘクタールの単一畑の、シャルドネの単一品種による単一収穫年のシャンパンで、当時としては画期的な概念の導入でした。サロンは、白ブドウ100%から醸造された、初のブラン・ド・ブランであるとされています。
 1920年代にサロンへの需要が高まると、同じル・メニル・シュール・オジェ村の斜面中腹の畑のブドウも購入するようになり、残念ながら単一畑の哲学は崩れてしまいましたが、ユジェンヌ=エメの理想は1979年に誕生する同じル・メニル・シュール・オジェ村の単一畑のワイン、クリュッグ・クロ・デュ・メニルに引き継がれました。サロンの現在の自社畑比率は約20%で、残りの80%はやはりル・メニル・シュール・オジェ村の他の栽培農家からブドウを購入しています。サロンに原料を供給する20の畑は1920年代から変わっていないとされ、クリュッグ社が畑を取得するまでは、クロ・デュ・メニルのブドウもサロンに使われていました。

醸造

 現在のサロン社は、主要なシャンパン・メゾンのひとつであるローラン・ペリエ社(所在地: トゥール・シュール・マルヌ)の傘下にあり、収穫されたブドウはローラン・ペリエ社で搾汁およびアルコール発酵が行われています。原産地統制呼称法により、シャンパーニュでは4,000kgのブドウから2,550リットル(L)の果汁しか搾汁してはいけないことになっており、最初の一番絞り果汁2,050Lをキュヴェ、二番絞りの500Lをプルミエ・タイユと呼んでいるのですが、サロンにはキュヴェのみが用いられます。キュヴェはステンレス製のタンクでアルコール発酵が行われ、ブレンドや瓶内二次発酵用のティラージュ(仕込みのリキュールの添加)、瓶詰めが行われた後、ル・メニル・シュール・オジェ村のサロン社に運び込まれます。サロンは優良なヴィンテージにのみ6万本程度生産されるため、サロンにふさわしくない収穫年のワインは姉妹ワイナリーのデラモットやローラン・ペリエ社傘下の他銘柄に使われたり、バルクで他の生産者に売却されます。長期熟成型のシャンパンとするため、サロンではリンゴ酸を乳酸に変換するマロラクティック発酵を回避して豊かな酸を保持し、瓶内二次発酵の後、約10年間オリの上でシュール・ラット熟成を行ってワインに深みを与えます。
 現在出荷されているサロンの現行ヴィンテージは2013年で、ファースト・ヴィンテージとなった1905年以降の109年間で44回しかリリースされていません。2000年代を見てみると、サロンが生産されたのは2002年、2004年、2006年、2007年、2008年、2009年の6回だけで、2000年と2003年、
2005年を含む8回出荷されたドン・ペリニョンとの違いが際立ちます。ドン・ペリニョンが出荷されなかった、シャンパーニュにおいて一般に2000年代でもっとも不作の年とされる2007年にサロンが瓶詰めされているのは、ル・メニル・シュール・オジェのシャルドネのみを用いているための、局所的な気候が現れています。
 サロンは白ブドウのみからつくられており、酸を和らげるマロラクティック発酵が通常は回避されることと、オリ抜き時に加える糖のドザージュが1リットルあたり5グラム程度と少ないため、リリース直後は酸味が際立ち、シンプルな味わいです。10年間におよぶシュール・ラット熟成を経ているため、酵母に由来するアミノ酸がワインに豊かに溶出しており、出荷後10年以上のボトル熟成で、メイラード反応に由来する香ばしい風味が充満します。発泡性はやや弱まってしまいますが、サロンは収穫後20年以上経ってから飲まれるべきシャンパンで、トーストに塗ったアカシアのハチミツを思わせる、複雑な味わいとなります。

写真: 
1) サロン社