コラム

1本のボトルが2億円超!! 驚きのマッカラン60年物

コルトンの丘

1987年9月から1993年1月まで、途中半年ほど日本に帰っていた時期があったが、都合5年近く英国のロンドンに暮らしていたことがある。その時はロンドンで日本人駐在員向けの月刊誌をつくっていて、その取材で何度もロンドンのサザビーズ本店やクリスティーズの取材をしたことがある。ある時は日本の新潮社の『芸術新潮』の依頼で、丸ごと1冊クリスティーズ・サザビーズの取材を引き受けたこともあった。当時ワインのオークションは一般的によく知られ、私も何度かオークションに参加したことがあったが、ウイスキーだけのオークションは、まったく開かれていなかった。ウイスキーのボトルがオークションに登場しはじめたのは1990年代後半、私が日本に帰ってからで、当時私はウイスキーライターとして主にスコッチの取材をしていた関係で、エジンバラやグラスゴーのオークションハウスに顔を出し、そのプレビューなどを取材していた。当時、それらのオークションを賑わせていたのがマッカランのオールドボトルで、見たこともない1860年代、70年代のボトルが、オークションのたびに数10本も出品され、驚いたものだ。それについては、いつか機会があれば書きたいと思っているが、今言われているのは、そのうちの1~2本を除いて、すべてがフェイクだったという事実である。
 それはともかく今回私が紹介するのは、同じマッカランでも正真正銘のホンモノ。しかもオークション記録を次々と塗り替えてきたマッカランの60年物のボトルについてである。19世紀半ばの先のボトルと違って、このマッカランの60年物は、すべてデータが残っており、フェイクの可能性はほぼゼロだ。このボトルは1926年にマッカラン蒸留所で蒸留されたもので、オロロソシェリーのバット樽(容量500ℓ)に詰めて、マッカランのウェアハウスで寝かされていたもの。樽番号はNo.263で、蒸留所の台帳にも記載されている。
これがボトリングされたのが1986年のことで、当時、マッカランのオーナーが古い台帳を整理している時に、偶然見つけたものだという。ウイスキーは樽の中で熟成している間に、エンジェルズシェア、天使の分け前といって、年に2~3%ずつ蒸発し、中身が減ってゆく。マッカランの熟成庫は数十棟もあり、中にはエンジェルズシェアが極端に少ないものものあるという。通常60年寝かせていたら、中身がゼロになってもおかしくないが、この樽は奇跡的に30リットルほどが残っていた。もともと500リットル詰めて30リットルだから、それでも470リットルは天使に飲まれてしまったことになるが、これをボトリングして世に出そうということになり、慎重にボトリングされることになった。その数30本とも40本ともいう。

アーティストが特別にラベルを手がける

 奇跡のウイスキーとしてボトリングするからには、パッケージも特別なものでなくてはならない。マッカランでは2人のアーティストに、12本ずつのボトルのラベルを依頼した。一人はイギリスの現代ポップアートの巨匠、サー・ピーター・ブレイクで、こう書いても一般の人には馴染みがないかもしれないが、ビートルズのかの有名なアルバム、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のジャケットを描いた人といえば、驚くかもしれない。まさに、あのアルバムと同じようなポップなアートが描かれ、それがラベルとして12本のボトルに貼られた。
 このピーター・ブレイクのボトルは1986年に、1本100万円で販売された。当時マッカランの50年超でも5~6万円で買えた時代に、いくらピーター・ブレイクのラベルだからといって、そう簡単に売れるものではない。それでも6年かかって、この12本は完売したという。そこでマッカランは次のアーティスト、イタリアの画家、ヴァレリオ・アダミの絵をラベルをあしらった同じマッカランの60年物を、今度は一般販売ではなくオークションで売ることにした。やはり12本が完売するのに3~4年かかったが、落札価格は日本円にして200万円から400万円くらいだったと記憶する。私の知人2人がこのボトルを落札し、そのうちの1本は確か200万円だったと聞いたことがある。もちろん中身はピーター・ブレイクのものとまったく同じである。
 ところが、このマッカラン60年物には前述したようにラベルの貼られていない、残り6~16本近くのボトルが存在することになる。そのうちの1本が1992~3年に、ロンドンのフォートナム&メイソンで販売されたもので、ラベルの貼られていないボトルに、アイルランドの画家、マイケル・ディロンが直接絵を描いたものだった。当時、私が勤めていたオフィスが同店の近くにあり、このボトルを取材に行ったことがあり、よく覚えているが、フォートナムの販売価格はたしか600万円くらいだったと記憶する。誰が買ったか不明だが、1998年頃には店頭から姿を消してしまった。

ついに1本のボトルが2億円を超える驚きの事態に…

 さて、ここからが、最近のウイスキーブームによる前代未聞のオークション熱である。前述のピーター・ブレイクとアダミのボトルがロンドンや香港、ニューヨークのオークションに出品され、話題を集めるようになったのは2017~18年頃からである。まず2018年の5月に開かれたボナムズ香港のオークションにこの2本が登場し、ブレイクのボトルが101万4000米ドル、アダミのボトルが110万米ドルで落札されて話題となった。もちろん、これは1本のボトルに付けられた史上最高額で、当時のレートで、それぞれ日本円で約1億1240万円、1億2200万円である。
 ところがその興奮もさめやらぬ同年10月のエジンバラのオークションでは同じアダミのボトルが1億2600万円で落札され、早くも香港の記録を抜き去ってしまった。それにしても1本のボトルが1億を超えるという異常事態(?)。最初の売り値が100万、200万円だったことを考えると、100倍近くにはね上がったことになる。しかし、上には上がいる…。
 同じ1926のマッカラン60年物だが、何度もいうように、これにはラベルが貼られていないボトルがまだ存在する(はずだ…)。そのうちの1本が2019年10月のロンドン・サザビーズのオークションに登場し、なんと150万ポンド、日本円にして2億1730万円で落札されてしまったのだ。ついに1本のボトルの値段が2億円を超える…。
1926年に、スコットランドのど田舎のマッカラン蒸留所で、これを造った職人たちが聞いたら驚いて腰を抜かすかもしれない。いずれにしろ、これが1本のボトルに付けられた最高値で、これは未だに破られていない。いや、そのはずである。

写真: 
1) マッカラン60年 1926