コラム

アルヌー・ラショー – 大きな時代のうねり

コルトンの丘

セシル・トランブレイと並び、近年ブルゴーニュの最良の生産者の仲間入りを果たしたドメーヌに、ヴォーヌ・ロマネ村のアルヌー・ラショーがあります。セシル・トランブレイが創立から20年しか経っていない若い生産農家であるのに対し、アルヌー・ラショーは165年の歴史を誇ります。

パスカル・ラショー

ドメーヌ・アルヌー・ラショーの前身は1858年に設立されたドメーヌ・ロベール・アルヌーで、日本のワインショップからのメールマガジンには頻繁に、「小さなDRC」という形容詞がついていました。これはロバート・パーカーの初期の著作から引用したものなのですが、4代目のロベール・アルヌーの時代にはあまり高い評価を得ることができず、1980年代に醸造されたワインの質は低迷していました。
転機が訪れたのは、ロベール・アルヌーの娘婿であるパスカル・ラショーがワイン生産に参画してからです。ロベールには3人の娘がいたのですが、ドメーヌの現場を切り盛りする男子がいなかったため、1987年に結婚した末娘フローランスの婿のパスカルに頼んでドメーヌに入ってもらいました。パスカルはもともとボーヌの薬剤師でワイン生産とは無縁だったのですが、ディジョン大学で短期集中講座を受講し、ワイン醸造の基礎を学びました。
ロベール・アルヌーが亡くなった1995年前後から、パスカルはブドウ栽培およびワイン生産の方法を劇的に変えました。もっとも重要だったのはブドウ畑での収量制限で、原産地統制呼称法で許可された上限いっぱいまで収穫するロベールの手法に対し、パスカルは芽かきや摘房を行って、ブドウ樹1本あたりから収穫する房数を減らしました。具体的には、ACブルゴーニュでは9房、村名では7~8房、一級畑や特級畑では6房まで減らしました。この収量制限によって理想的に熟したブドウが収穫可能となり、凝縮感のあるワインが生まれるようになりました。
パスカルは醸造現場でも大きな改革を行いました。ロベールの時代の伝統的な手法と異なり、収穫したピノ・ノワールを100%除梗してアルコール発酵前に低温で浸漬する、世界的に流行の兆しを見せていたアンリ・ジャイエ流の醸造方法を採用しました。また、やはり世界的な潮流に乗って、熟成に用いる新樽の比率を上げ、一級畑のワインでは50%程度、特級畑では100%の新樽を用いるようになりました。さらには樽熟成中のオリ引きをやめ、瓶詰めまでワインをオリの上で熟成させる方法を取りました。こうした変革によってドメーヌ・ロベール・アルヌーの赤ワインは色の濃い、果実味が豊かで濃厚な味わいのあるワインとなり、新世代の消費者の支持を得ました。2008年、パスカルはドメーヌの名前をアルヌー・ラショーに変更しています。耕作する畑は14ヘクタールにおよび、ロマネ・サン・ヴィヴァンを筆頭にエシェゾーやクロ・ド・ヴージョ、ラトリシエール・シャンベルタンやヴォーヌ・ロマネ レ・スショといった珠玉のクリマを含みます。

シャルル・ラショー

2011年、パスカル・ラショーの長男のシャルルが参画し、ドメーヌは更なる高みへと昇りつめます。シャルルはブドウ栽培の専門家で、ラルー・ビーズ=ルロワやジャン=イヴ・ビゾの影響を強く受けています。パスカルがロベール・アルヌーの手法をことごとく変更したように、シャルルは2013年に引退したパスカルの醸造上の変更を元に戻すような改革を行いました。具体的には、パスカルが採用した100%除梗してピュアな果実味を残すアンリ・ジャイエ風の醸造をやめ、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティやドメーヌ・ルロワ、ドメーヌ・ビゾに見られるような伝統的な全房発酵へと突き進み、複雑で重層的な味わいへと変化させました。また、パスカルが100%まで高めた上級キュヴェに対する新樽比率を、劇的に30%にまで下げています。

ドメーヌによれば、2022年ヴィンテージではオーク樽を廃し、すべてのワインの熟成をクレイヴァー社のセラミック容器(写真参照)で行っているということです。さらに、果皮や果梗を漬け込むマセレーションの期間を6~9日間に短縮することにより、パスカルの時代の濃厚な味わいに決別し、優しい風味に仕上げています。味わいを端的に表現すれば、パスカルのワインが黒い果実だったのに対し、シャルルのものは赤い果実です。
ブドウ栽培においてはオーガニックやバイオダイナミクスを推し進め、(樹勢を果実に集中させる目的で初夏にブドウの新梢を途中で切断する)摘心をやめたり、ブドウ樹の仕立て方をグイヨからゴブレに変更して樹液の流れの改善を試みたりと、非常に独創的な実験を行っています。摘心を行わない一方で収穫を早めたため、醸造されるワインのアルコール度数は13%程度にとどまり、アルコール度数の低かった1970年代や80年代のブルゴーニュの赤を彷彿させます。濃くはないけれど薫り高い、きめの細かく官能的なワインとなっています。
このドメーヌにはかつて、「小さなDRC」という形容詞がついていたのですが、ブルゴーニュワインを専門とするジャスパー・モリスMWは2019年ヴィンテージを試飲して、「DRCと同等になった」という趣旨のコメントを残しています。
シャルル・ラショーはまた、自分の名前を冠したネゴシアン部門を立ち上げ、ブドウ供給農家の栽培に深くかかわることで、高品質なワインを実現しています。赤ワインに全房発酵を行うためには、健全なピノ・ノワールを高い成熟度で収穫する必要があるのですが、収穫のタイミングをシャルル自身が決め、彼のスタッフが実際に収穫を行うことにより、購入ブドウから醸造するネゴシアンワインであるにも関わらず、ホール・クラスターでの発酵を可能にしています。画家であるシャルルの奥さんが描いた可愛らしい花のラベルと相まって、こちらのワインも非常に入手困難になっています。

写真: 
1) Clayver Luna [www.clayver.it]
2) Domaine Robert Arnoux, Arnoux-Lachaux (新・旧), Charles Lachaux の4本を並べた写真